連続殺人事件の犯人を見破った少女・古川るり子とは

古川るり子さんは一家で熊本県玉名市の玉名温泉街の一角に暮らしていました。

西口彰が来た1964年1月、古川るり子さんはまだ11歳の小学5年生でした。

訪問してきた西口彰を2階に案内するよう母に言いつけられ、西口彰の顔を見つめたとき、古川るり子さんはある疑念を抱きます。

この男の人は、指名手配犯ではなかったか?と。

そして外に貼ってあった指名手配犯の写真を見て確信します。

 

父親も母親もその事実を知り恐怖しますが、父親の古川泰瀧さんは、このまま家から出したら街が大変なことになる、と家に泊まるよう西口彰に勧め、翌朝まで引き留めました。

そして西口彰が寝入るのを確認すると、こっそり警察へ届け出たのです。

また、家族が寝る部屋に外からこっそり鍵を取り付け、襲われた際に少しでも時間稼ぎになればと考えたそうです。

家族全員が、なんとしても西口彰を捕えようと懸命に頑張っていたんですね。

 

そして翌朝に警察が来る手筈となっていました。

悟られないように振る舞って引き留めるなんて、とんでもない勇気ですよね!

しかし実際、西口彰も違和感を覚え、翌朝足早に古川家を出ようとしたとのことです。

 

警察との作戦は、最寄りのバス停まで西口彰を誘導するというものでした。

そのため古川泰瀧さんはバス停まで送ろうと西口彰に申し出ますが、バス停直前になり西口彰が「もうここで結構」と一人で行ってしまったのです。

万事休す…!と思ったところ、付近で待ち構えていた複数の警察官に声をかけられ、1月3日朝、無事逮捕の運びとなったのでした。

 

そして2年後の1966年に西口彰の死刑が確定し、1970年に福岡拘置所で死刑が執行されました。享年44歳。

この事件をもとに描かれた小説「復讐するは我にあり」(佐木隆三著)は直木賞を受賞し、緒方拳主演の映画も制作されました。

そこでは、西口彰が「詐欺はしんどい。やっぱり殺すのが一番面倒がなくていいよ」と非常に恐ろしいことを語ったと伝わっています。

警察庁刑事局長で警視監の高松敬治は、「全国13万人あまりの警察官の目は、幼い一人の少女の目に及ばなかった」と語りました。

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古川るり子の今現在は?

古川るり子さんはその後、父・古川泰瀧さんが活動していた、「ベトナムに平和を!市民連合」(玉名ベ平連)の運動に参加するなどしていました。

その後は一般女性として過ごされていたのか、情報があまりありませんでした。

事件当時11歳ということは、1952年あたりの生まれではないでしょうか。

すると今では64歳か65歳あたりで、まだまだご健在ではないでしょうか。

また、熊本県南部の水俣市において、農業女性アドバイザーとして市の食育推進メンバーに名前がありました。

実家が熊本県玉名市ですので、信憑性は高めかもしれません。

結婚されて水俣市の方へ移られたのかもしれません。

もしそうだとすれば、同じ熊本で一般人として過ごされていたのではないでしょうか。

 

おわりに

自分の身を投げ打って犯人逮捕に貢献した古川さん一家の勇気には本当に驚きました。

最近も凶悪な事件が数多く発生し、このような事件も今後起きないとは言えない状況です。

私にとっては、もし同じような凶悪事件に遭遇したとき、私に何ができるのだろう、と考えさせられたニュースでした…。

 

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