なぜ稀勢の里は横綱へ昇進し、魁皇はなれなかったのか?

2017年に第72代横綱へ昇進した稀勢の里(きせのさと)ですが、優勝は何と2017年1月場所の1回のみです。

一方の魁皇は5回も優勝していながら、横綱にはなれませんでした。

 

横綱昇進の基準とは、「大関で2場所連続優勝、またはそれに準ずる成績」です。

魁皇は5回目の優勝した後、次の場所で準優勝しています。

その時の優勝は朝青龍で、差は1差でした。

稀勢の里は2016年に1度も優勝しませんでしたが、年間最多勝記録を達成しました。

2016年11月場所では準優勝で、優勝の横綱・鶴竜との差は2差でした。

そして次場所である2017年1月場所で優勝し、横綱昇進を果たします。


出典:zakzak

つまり、稀勢の里の「年間最多勝記録」が「優勝と同等の実績」と判断され、次場所での優勝と合わせて「(2場所連続優勝に)準ずる成績」と判定されたということでしょう。

「年間最多勝記録」というものが横綱昇進に影響するかは内規には定められていません。

一方の魁皇が昇進できなかった理由について、日本相撲協会は「大関で2場所連続優勝という内規を満たしていない」と語っています。

魁皇のときは、わずか1差の準優勝だったというのに、ガチガチのルール判定されてしまったんですね。

日本相撲協会の判断基準も、最近の相撲人気の陰りを盛り返そうという雰囲気に押されて甘くなってしまったのでしょうか。

 

しかし魁皇は「当時横綱に昇進していたら1,047勝の最多勝記録は打ち立てられなかっただろうし、横綱昇進に必要な記録が出せなかったのは自分」という旨のことを言っています。

どこまでも謙虚な姿勢が、名大関として愛され人気が高かった理由かもしれませんね。

もっとも、魁皇はケガに悩まされ、思うような成績をあげられなかったときもありました。

ケガは力士が最も悩むことで、魁皇に限ったことではありませんが、魁皇も例外ではなかったということです。

しかし魁皇と稀勢の里の因縁、稀勢の里の横綱昇進を魁皇から見たら複雑な気持ちかもしれませんね。

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魁皇の嫁(妻)はプロレスラー!

実は魁皇は横綱の期待が集まる以前の1999年に結婚しています。

お相手は、元女子プロレスラーの西脇充子(古賀充子)さん!

今では魁皇関が親方を務める浅香山部屋の女将として、弟子たちの世話に大忙しの毎日を送っています。

2人の出会いは何と合コン!

力士との合コンって一体どんな会話なんでしょうか…まったくイメージ湧きませんけど!

 

西脇充子さんの詳しいことはコチラから!

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まとめ

  • 1972年生まれの44歳、福岡県直方市出身
  • 本名は古賀博之(こが ひろゆき)さん
  • 1988年初土俵。同期は貴花田(貴乃花)、若花田(若乃花)、曙など
  • 2004年には通算5度目の優勝を果たし日本人横綱の期待が集まるも昇進を逃す
  • 2011年に通算1,047勝の最多勝記録を達成し翌年引退

うーん、相撲協会ってブラックボックス感が強いですねえ…。