カシアス内藤の生存の理由とは?

カシアス内藤さんは、ステージ4の咽頭ガンが見つかっても切除の道を選びませんでした。

それは自分の声を守るため。

切除しないで生き抜く方法を探したのです。

その方法とは「放射線治療」と「化学療法」でした。

幸運なことに喉頭がんは転移しておらず、まず抗がん剤の点滴投与が始まり、その副作用で24時間吐き気に襲われるようになりました。

しかし体力を落としたくないカシアス内藤さんは、病室をこっそり抜け出して走り込みを行い、喉の痛みをおしてカップラーメンなどでカロリーを摂取します。

その後、抗がん剤の投与が点滴から飲み薬に替わり、喉のがんに放射線を当てて、がん細胞を殺す治療が始まりました。

それでもやはり放射線の影響で喉はただれ、激痛に苦しみます。

しかしその毎日の闘病が功を奏し、がんが小さくなったのです。

「がんと共存し、窮地からドロー(引き分け)に持ち込めば勝ちだ」

がんとの戦いもボクシングも同じように考えたカシアス内藤さんは、クレバーな戦いぶりで最終ラウンドに戦いを持ち込もうと考えたのでした。

そして入院から3ヶ月後、ついに退院の日を迎えました。

死の淵からゴングに救われたカシアス内藤さんは、最後の力を振り絞って、ある計画を実行に移します。


出典:E&Jカシウスボクシングジム

カシアス内藤の今現在は?

その計画とは、自分のボクシングジムを開くことでした。

横浜市中心部にほど近い、JR石川町駅そばのビル2Fに好物件を見つけ、ここをジムとします。

カシアス内藤さんの半生を書いたノンフィクション「一瞬の夏」、作者の沢木耕太郎さんも協力し、2005年に念願のボクシングジムを開きます。

ジムの名前は「E&Jカシアス・ボクシングジム」です。

カシアス内藤さんの師匠でチャンピオンを育てたアメリカ人名トレーナー、エディ・タウンゼントさんと、自分の名前「純一」からE&Jと名付けたのです。

今では100人を超えるジム生が通い、顔ぶれも幼稚園児から70歳代までとさまざま。

ダイエットのために通う人も、本気でプロを目指す人も、皆このジムで汗を流しています。

開設して10年余りながら多数プロボクサーを輩出し、またカシアス内藤さんの人柄に触れて続々と入門生が集まっている模様です。

 

しかしカシアス内藤さんは、がんの発症を抑えてはいるものの、激しく体を動かすことは難しい状態です。

そのサポートを務めるのは、やはり奥さんの三美子さん。

現在のジムに欠かせない存在ですが、そんな三美子さんにある奇跡が起こったようです。

その奇跡とは一体何だったのでしょうか…。

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まとめ

  • 1949年生まれの67歳、兵庫県神戸市生まれ、神奈川県横浜市出身
  • 本名は内藤純一(アメリカ名:ロバート・ウィリアムズ)で、アメリカ軍人だった父と日本人の母・内藤富美子さんの間に生まれたハーフ
  • 武相高校ボクシング部への入部をきっかけにプロボクサーの道へ
  • 20歳で日本ミドル級チャンピオンに輝き、30歳で現役引退
  • 引退後は様々な仕事を経て、前妻との間に2人の娘、現在の三美子夫人との間に2人の息子をもうける
  • 長男はボクサーの内藤律樹(ないとう りっき)さんで現在25歳、元日本スーパーフェザー級チャンピオン
  • 2004年、55歳で咽頭がんが見つかり、ステージ4の末期がんと宣告される
  • がんを切除すると声が出なくなることから、放射線治療と化学療法(抗がん剤)を施した結果、がんの進行を止め共存することに成功
  • 2005年、横浜市内の石川町駅近くのビルに「E&Jカシアス・ボクシングジム」を開設

がんと共存して、余命3か月の末期がんが13年ももつなんて、正直驚きました。

これもボクサーとして備わった強靭なスタミナが関係しているのでしょうか?

普通の人間なら難しいと感覚的に思いますが…がんは怖いです!

 

最近の格闘技は昔と違う路線で売り出すことが多いみたいですね。

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