同じく相方を亡くしたカンニング竹山

私、どうしてもこの方を思い出してしまいます。

今ではキレ芸で売れっ子のカンニング竹山さんですが、かつてカンニングというコンビを故・中島忠幸(なかじま ただゆき)さんと結成していました。

中島さんも急に倒れ、入院し闘病の末に亡くなってしまいました。

中島さんは2004年に結婚し、秋には長男が誕生しましたが、年末に体調不良で入院しました。

そして年明け2015年初めに、自身が急性リンパ性白血病であることを公表しました。

その後は病と闘う日々を過ごしますが、甲斐なく2016年12月に35歳の若さで死去しています。


出典:女の目から見たスポーツ新聞

竹山さんは、中島さんの闘病中にも「カンニングの竹山」と強く名乗り、中島さんの死後もその名を外さず今に至ります。

「中島の七回忌までは中島の話はしない」と心に決めていたそうで、前向きに生きるため、期限を決めて中島さんの死と向き合っていたのでしょうか。

2012年の単独ライブでは、初めて中島さんのことを語り、なんと中島さんの死をネタにした漫談を披露します。

それは死の悲しみを毒づいて笑い飛ばすような内容だったそうです。

そして竹山さんは、こう語っています。

「大切な人との別れというのは、前に進む力になるんですね、きっとね。ものすごい悲しいことだけど、この人の分まで頑張ろうとか、この人に負けないように頑張ろうと思って、そういう思いをパワーに変えて、人は前に進んでいく。僕はそうやって生きてきたし、これからも生きていくのかなと思っていますね」と語っている。

出典:livedoornews

高山トモヒロさんやカンニング竹山さんに限らず、大切な人との別れというものは、多くの人々が経験しています。

しかし皆、苦しみながら乗り越えていったんですよね。

それにかかる時間は人それぞれでしょうが、残された人はどうあっても生きなければなりません。

そう思い知らされた出来事でした。

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高山トモヒロさんの今現在は?

高山トモヒロさんは2001年にケツカッチンというお笑いコンビを結成し、現在も活動しています。。

相方は和泉修(いずみ しゅう)さんという方です。

M-1グランプリに挑戦を続けており、優勝候補まではまだ進んでいませんが、惜しいところまで行くときもあり、お笑いの世界で再び栄冠をつかもうと努力されているようです。


出典:livedoornews

まとめ

  • 高山トモヒロさんは1968年生まれの48歳、大阪府大阪市日本橋生まれ、大東市出身
  • 大阪市立桜宮高校の野球部で河本栄得さんと出会い、後に吉本のNSCに入学しコンビを結成する
  • 2人のコンビは同期で一番の活躍を見せ、将来を期待されていた
  • 1994年10月、河本栄得さんが劇症肝炎により死去。コンビ結成からわずか5年、25歳という若さであった
  • その後高山トモヒロさんは相方の死から立ち直れず、苦しむ日々が続く
  • 2001年に和泉修さんとケツカッチンを結成し、お笑いでの再起を図る
  • 高山トモヒロさんの次女は芸人の光永(ひなた)。長女は世界的なチアリーダー

この話の映画、泣きたいときしか観られないと思います…

突然すぎる死、誰しもいつやってくるかわかりません。

最近私も、いかに充実した生を送るか、という重いことがたまに頭によぎるようになりましたよ…(私は30代です)

ところで、次女の光永(ひなた)さんは2世芸人ということになりますが、親子で仲良く出演することがある一方、こちらの方もあるお笑い芸人の娘さんですが絶対に共演しないそうです。

しかもお父さんから!何でですかね?深い理由でも?

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