どうも、クマ船頭でございます。

今日は2度の離婚婚約破棄、そして不倫をもした大物紅白歌手が「爆報!THEフライデー」で紹介され、ある大物との愛人生活を激白するようです。

その渦中の方とは、歌手の黛ジュン(まゆずみ じゅん)さんです!

黛ジュンさんの愛人とは一体誰なのか?不倫

また、黛ジュンさんがかつて出演した日活ロマン映画の作品なども交えて記していきます!

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黛ジュンとは

黛ジュン(まゆずみ じゅん)さんは1948年生まれの68歳、東京都豊島区生まれ、調布市出身です。

本名は渡邊順子(わたなべ じゅんこ)さんといいます。

3歳年上の兄がおり、なんと作曲家の三木たかしさん(2009年死去)です。

幼少時の暮らしは貧しかったようで、借金取りが家に来ると、兄妹で押し入れに隠れていたそうです。

三木たかしさんと言えば日本を代表する作曲家で、石川さゆり『津軽海峡・冬景色』や美空ひばり『時の流れに身をまかせ』といった歌謡曲のほか、

『アンパンマンのマーチ』という誰もが聞いたことのある曲ばかりを作っています。

そんな兄と一緒にいれば、自分も音楽のことがやりたいという気持ちが芽生えてきても不思議ではありませんよね。

 

黛ジュンさんは渡邊順子として1964年に16歳で歌手デビューしますが、残念ながらヒットを生み出すことは出来ませんでした。

心機一転、3年後には事務所も石原プロモーションに移り、あこがれのクラシック作曲家・黛敏郎さんから苗字を借り、『黛ジュン』として再デビューを果たします。

すると再デビュー曲『恋のハレルヤ』が大ヒットし、その後『天使の誘惑』が日本レコード大賞に輝くほどの超ヒットとなりました。

しかも、自分が歌った歌がそのまま映画のタイトルになり、なんとその映画に主演してしまうといった、売れっ子アイドルになったのです。

その映画とは、松竹映画『天使の誘惑』『夕月』です。

もちろんNHK紅白歌合戦にも出場し、1967年から1970年まで4年連続出場を果たしています。

この大ヒットは石原裕次郎主演の映画を多数制作していた、黛ジュンさんの所属事務所である石原プロモーションの経営に多大な貢献をしました。

黛ジュンとしての芸能生活は順風満帆であるように思われたのですが…

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黛ジュンの結婚、婚約破棄、離婚遍歴!

黛ジュンさんの歯車が狂い始めたのは、最初の結婚をしてからでした。

黛ジュンさんは1970年に5歳年上のベーシスト、江藤勲(えとう いさお)さんと21歳で結婚しました。

江藤勲さんはジャッキー吉川とブルー・コメッツの初期メンバーとして、グループサウンズ(GS)ブームを牽引する一人でした。

その江藤勲さんとの結婚を機に、黛ジュンさんは芸能界を引退します。

しかしわずか3年余りで2人は離婚し、黛ジュンさんは再び芸能界に復帰することになります。

その後はヒット曲も生まれ、また女優として日活ロマン作品にも出演するなど、活動の幅を広げていきました。


出典:黛ジュン〜天使の誘惑〜黛ジュン・コレクション(CD)【演歌・歌謡曲】

また、1977年には外国人男性と婚約を交わし、国際結婚の可能性が高まりました。

しかしその男性が渡米したいと夢を語り、その費用として300万円を黛ジュンさんが渡したところ、なんと音信普通に!

その後ドラマーの石田秀雄さんと2回目の結婚をしますが、こちらも1994年に離婚してしまいます。

ちょうど同じ年に石田秀雄さんは芸能事務所・ビームを立ち上げます。

離婚と何か関係あるかもしれません。

 

しかしその後も浮いた話は続きます。

2001年に作詞家の里村龍一さんと婚約したのです。

この時黛ジュンさんは52歳とかなり年がいってしまいましたが、里村龍一さんは黛ジュンさんより1歳若いです。

ですが、何故か里村龍一さんが知人の霊能者(イタコ)に運勢を2人の占ってもらったところ、2人の愛称は最悪と判定されてしまいます。

里村龍一さんはその言葉をそのまま受け止め、なんと婚約から2か月後に婚約破棄の結末に。

2009年には兄の三木たかしさんが下咽頭がんで死去し、ショッキングなことが続きました…。

黛ジュンの愛人、不倫相手とは?日活ロマン映画に出演?次ページで!