中学生ながら大人たちの心に伝わる見事な俳句を詠み、注目されているのは小林凛(こばやし りん)さん。

自然や生き物を温かな視点で表現した作品は新聞にも何度も掲載され、評価も高いものです。

が、小林さんが俳句に打ち込んでいるのは、いじめと戦い、生きるための選択肢でした。

中学生俳人・小林凛さんにスポットを当てて記していきます。

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小林凛の経歴は?

小林凛さんは2001年生まれの15歳、大阪府岸和田市出身です。

小林さんは未熟児として生まれたため、他の子に比べて体が小さく成長しました。

身体の割に頭が大きかったため、どうしてもふらふらとした歩き方となってしまいます。

その外見と様子をからかって、小学校入学後からいじめが始まってしまいました。

 

俳句を始めたのもその頃からです。

いじめられ行きたし行けぬ春の雨

春の虫 踏むなせっかく 生きてきた

心の叫びが俳句となって絞り出されました。

これらの俳句が作られたのは、なんと小学校低学年の頃。

NHK教育の番組などで俳句を知り、俳号も小林一茶が好きという理由から「小林凛」としました。

悲しくも、感受性が豊かな小林さんの心が、カタチとなって表れたのでした。

私が思うには、俳句という他の何かに夢中になることで、目の前のいじめのことを一瞬でも忘れようとしている気がしました。

それでも頭から離れず、いじめをやめてほしいという気持ちが俳句となって出てきてしまうのではないでしょうか。

このようなことを知ると、何とも言えない悲しい気持ちにさせられてしまいます。


出典:twitter

ですがいじめはさらにエスカレートし、小学校5年生の時には不登校となってしまいます。

その後、小学校6年生の時に初の句集を出版し、そのことがきっかけで事態は好転します。

その本を読んだ三重県松坂市の小野江小学校の教師が授業で紹介したところ、生徒たちから学校に呼んで交流したいという声が上がり、なんと実現します。

これまで普通の授業さえ受けられなかった小林さんが、他の学校で普通の授業を受け、その嬉しさに思わず目に涙が浮かびます。

その時に小野江小の生徒たちからもらった卒業証書は、小林さんのかけがえのない宝物となりました。

同じ小学校でなぜこれだけ差がついてしまうのだろう、と私は思ってしまいます。

ひとえに、教師の質の違いも大きいのではと思います。

教師の教え方、接し方一つで、それに付き従う生徒たちの人間にも影響を与えます。

教師とは、教育とは、いじめとは、様々な思いや考えが、私の中を通り抜けたような感じがしました。


出典:twitter

いじめに遭った悲しい過去

大阪の小学校で小林さんがあったいじめは、酷いの一言です。

「消えろクズ!」

心無い言葉が投げつけられ、歩いていたら後ろから突き飛ばされ、教室のドアは閉められ、小林さんの心と体はボロボロに傷ついていきました。

小学校2年生から不登校になりがちになり、3年生には何とか戻るも、学校は何もしてくれなかったそうです。

いくら小林さんや親が学校に訴えても、学校は「いじめはなかった」の一点張りだったそうです。

見かねた祖母が学校を訪れ、生徒の前で直接訴えました。

小さな体のことや、病気のせいで小さなケガが大変なことになることも。

しかし翌日、生徒から放たれた言葉は、信じられないものでした。

「障がい者は学校へ来るな!」

 

本当に憤りが収まりません、生徒ではなく教師に。

まるで学校や教師は、自身に課せられた意義ある仕事を放棄しているようにさえ思えます。

 

小学校6年生ではイスが壊され、身の危険を感じて完全不登校に。

その頃、句集を出版して小野江小学校と出会います。

小林凛の俳句の神髄とは?次ページで!